Tabiya

スポンサーサイト 

スポンサー広告 |

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- |  trackback: -- | コメント: -- | edit

トンネル 

ボスニアヘルツェゴビナ |

サラエボ2日目

1992年に始まったユーゴスラビアからの独立戦争。
独立を支持したボシュニャク人、クロアチア人と、独立宣言に反発したセルビア人。3民族間の紛争です。



サラエボは完全にセルビア軍に囲まれて攻撃を受けていました。
そんな中、人や武器、物資の移動のためのトンネルが掘られました。4ヶ月以上かけての地道な手作業です。
そのトンネルの一部が保存・公開されていて、当時の様子を少しだけ知ることができます。

戦時中の映像は、ほんの20年前だけあって鮮明なカラー映像です。
当時、日本のニュースでもやっていたはずですが、私の記憶は、そんな戦争があった、その程度です。
私達がブルーハーツを聴いていた頃、ボスニアの小学生は毎日続く砲撃、響き渡る銃声の下で暮らしていたんです。



高さ1.6m、幅1m、長さ800mのトンネル。
サラエボで出逢ったほとんどの人がこの戦争を経験している、そのせいか、今までに行ったヨーロッパの国にあった
"明るさ" は感じないけど、ここで出逢う人達はみんな優しく、穏やかな人ばかりです。
それぞれの心の中に、戦争はどんな形で存在しているんだろうか。
私たち旅行者には、普通の暮らしを取り戻したように見えるサラエボも、まだ地雷が残っている所があるそうです。

1984年に開催された、サラエボ冬季オリンピックの会場へも行ってみました。さすがに記憶にありません。



グラウンドは戦争中に、墓地へ運ぶことができなかった多くの犠牲者のお墓で埋め尽くされていました。
建物の中には、オリンピックに関する展示がありました。写真やメダル、ユーゴスラビア代表のユニフォームなど。

街中では今でも至るところでオリンピックのマスコットキャラクター商品が売られていて、
どんだけオリンピック引きずっとんのね、と思っていたけど、戦争を経験して、今も復興が続いている中で
オリンピックは人々の中に、サラエボの明るい、楽しい記憶として強く残っているのかなあ。


サラエボの宿
Hostel Gonzo
70BAM (3500円)/1泊
ロケーション/Gatacka33
アクセス/バスターミナルや中央駅からは、公共機関を使って行くのは難しいのでタクシーを利用(500円)くらい。

立地は旧市街とはまったく別の場所にあり、サラエボの住宅街。静かな環境。近くのバス停より、簡単に旧市街にいけます。
部屋は少し古い。
大きな窓が2つあります。網戸がないので虫がはいってきます。
エアコン、ファンはないため少し暑いです。
トイレ、シャワーが部屋にあり、清潔。
コンセントはたくさんあり、WIFIはロビーでしか使えません。
朝食付 パン、果物、ゆで卵、チーズなど。
スタッフはみんなとても親切でフレンドリーです。
オススメの宿です。
20:57 |  trackback: 0 | コメント: 3 | edit

コメント

ブルーハーツの『青空』が大好きなモトコにはサラエボの歌に思えてしまいました(´・_・`)
たった20年前に戦争があったって事が不思議!!
やっぱり日本は平和ボケしているのだな(。-_-。)

モトコ #- | URL | 2012/08/06 12:13 * edit *

サラエボ

サラエボって耳にしたことがあるのを思い出します。
すごい戦火のところだったんですね。

MARO #- | URL | 2012/08/11 15:44 * edit *

もとこ
こうやって出会う優しい人達が、たくさん辛い思いをしたんだと思うと、
戦争って本当に悲しいね。

maro
トンネルの映像が現代すぎて、現実なんだと実感しました。

たみや・ゆうき #- | URL | 2012/08/15 07:40 * edit *

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tabiya2012.blog.fc2.com/tb.php/117-686feb35
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。