Tabiya

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ポーランド料理 

ポーランド |

クラクフ3日目

東欧に入ってから料理がとっても美味しいですが、ここポーランドはその中でも、さらに美味しすぎです。
旧市街の中で見つけた、ビュッフェ食堂。ショーケースにはどれもポーランドを代表する料理ばかり。



ここのお店のいいところは、選んだものに関係なくトータルのグラム数で金額きまります。しかもセルフでとるので、全種類を少しずつ食べられる
旅行者にとってはありがたいお店。



しかも、文句なしにうまい。

ポーランド料理はこんなおいしい料理以外にも、スープがさらにおいしいらしい。旧市街を離れてユダヤ人街をブラブラしてみました。
この辺は、地元民に愛されてそうなお店ばかり。



たまたま、前を通るとレトロなポーランド料理レストラン。貼ってあるメニューをみると、スープもいろいろありそう。



スープもうまかったー。
食べてばかりですが、観光もしました。
クラクフには3つ世界遺産があり、その3つ目にいきました。
「ヴィエリチカ 大規模岩塩採掘場 」名前からしてかなりおもしろそう。いまは使われない採掘場。
ここはツアー形式でまわる観光で、言語により金額も違います。一番安いのはもちろんポーランド語。英語力ない我々、お金のない我々、即決でポーランド語ツアーにしました。他にも同じ考えの日本人もいました。



地下100メートル近いところに、迷路のように道があり、壁から塩の結晶も。なめたらもちろんしょっぱい。
進んでは説明、進んでは説明、トータル2時間。やっぱ英語にしとけば良かった。途中半分くらいから飽きました。
あまり飽きたので、壁にできた塩の結晶で、よりツルツルするやつをひたすら探してた、ふたりでした。



採掘場の中には、教会もありました。確かに大規模だった。でも飽きた。



クラクフの宿
Dragon Aparthostel
108PLN(2700円)/1泊
ロケーション/Dluga 49
アクセス/クラクフ中央駅の広場からLubicz通りを西へ5分ほど歩き、Dluga通りのところで、曲がる。角が本屋。あとは道なりDluga通りを10分くらい歩くと進行方向左側にあります。

旧市街、駅、バスターミナルとも歩いて行ける距離にあり便利。近くにはいろいろお店もあり。
部屋は清潔ですが、少し床なりがうるさい。
ツインの部屋を予約したんですが、「ベッド一杯ある部屋でも…いい?」と聞かれ、なぜかドミトリーの部屋。
10%安くしてくれて、個室で使えるということだったのですが、次の日部屋に戻ると、他の人の荷物があってびっくり!
うっかりミスだったようで、スタッフが荷物を別の部屋に運んでくれたけど、当の本人達は知らずに、夜中2時に帰ってきて、
「あれ~?私の荷物は~?」って言ってました。
シャワー、トイレは共同。
共同キッチンがあるけどコンロが無く、結局冷蔵庫しか使ってないけど、日当りが良くて朝ごはんを食べるのにはなかなか気持ちが良い。
コンセントはたくさんあり。泊まった部屋ではWIFIは入らない。入ることろでも不安定。
スタッフは、とぼけた人が多いけど(かなり雨降ってるのに、駅へは歩きがベスト!と勧めてきたり)とても感じが良い。

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22:09 |  trackback: 0 | コメント: 4 | edit

アウシュヴィッツ 

ポーランド |

クラクフ2日目

『アウシュヴィッツ強制収容所』クラクフからバスに乗り、1時間40分くらいの場所です。

映画や本で見る機会も多く、誰もが、少なくともここで起こった恐ろしい出来事を知っている場所です。

ドイツの、東ヨーロッパ植民地化計画、ドイツ人だけの国を作るためにここに収容されたユダヤ人、ポーランド人、
ジプシー、政治犯、障害者、同性愛者、聖職者…『劣等民族』とされ、罪もなく連行された人達。

労働力のない女性や子供、老人は、到着後すぐに「選別」され、ガス室へ…
労働力として収容された人達も、狭いベッドに何人もで押し込められ、わずかな食べ物で過酷な労働。
もっともっと、書ききれない程に酷いことが、この広大な収容所で起きていたことは、今までに読んだ本で知ってはいましたが、
どうしてこんな事が起こり得たのか、この出来事の根本はどういうことなのか、深くは考えずに
ただ、酷い、あり得ない、そう思っていました。

それをもっと、ちゃんと考えるきっかけができたのは、今回アウシュヴィッツの、中谷さんにガイドをお願いしたからです。
ガイドブックでも紹介されている方ですが、アウシュヴィッツには午後3時までツアー以外では入れないのと、
中谷さんのガイドはすごく良いという話だったので、事前にメールでお願いしました。

この『殺人工場』とまで言える程の恐ろしい施設が成り立っていた理由、その仕組み、その時のドイツの状況など、
とてもフラットな目線で、いろんな立場から考えられるように説明してくれました。

当時のドイツ国民は、ほとんどが賛成でも反対でもない『傍観者』だったといいます。
反対すれば自分も家族も殺される、時代が悪かった、そう一言で片付けるのは簡単ですが、アウシュヴィッツについて知れば知るほど
いつの時代にも起こり得るはずだ、と思いました。
現に今、第2のヒトラーが出てきてもおかしくない状況になってきてるといいます。
ヨーロッパではそんな状況に、『傍観者』を作らないように教育が見直され、毎日たくさんの人が、特にドイツから
"勇気を持って"この収容所を訪れているそうです。

宗教絡みの話になると、私はどうしても、結局日本人にはよく理解できない、と少なからず思ってしまうのですが
中谷さんに今日「日本人には関係ないと思わないで」と言われました。
日本には今多くの外国人が住んでいて、就業状況は厳しいけど、少子化が進む中、これからどんどん稼ぐ外国人が増えてきたら…
不安定な状態のドイツで裕福な生活を送るユダヤ人、当時のドイツと似たような状況がどの国でも起こり得るということに
正直どきっとさせられました。自分は「傍観者」にならずにいられるのかな。

アウシュヴィッツには世界で起こっている全ての問題の本質があるような気がしました。
大きく捉えれば環境問題にまで同じことが言えると思います。
実際ここに来て、見て、話を聞けて本当に良かったし、一人でも多くの人が来られたらいいなあ、と思いました。
そしていつかアウシュヴィッツの役目が本当の意味で終わればいいのに、果てしなく遠いことのようだけど、もしかしたら
そんな日は来ないかもしれないけど、でも、そうなればいいのに。


外側から見た収容所


働けば自由になる。と書いた看板を囚人たちが作らされた。


連れて来られた人たちが荷物の中に入れてきた鍋。
これを使うことは2度とないと、知っていたのか知らなかったのか。私はこれが、何だか一番悲しかったです。


1つのベッドに5人で寝ていた。


この先に何が見えていたのか。



こんな青空の日もあったんだろうなあ。
22:16 |  trackback: 0 | コメント: 4 | edit

ボンベルキー 

ポーランド |

クラクフ1日目

大変だった夜行列車での移動末、朝7時に14カ国目ポーランドの第二の都市「クラクフ」に到着しました。
東欧に入ってから4日間で次の国へ移動しているため、お金の単位も毎回変わるので頭が混乱します。
無駄お金をおろしすぎないようにするため,到着してすぐ頭がボーってしている時に、3日で最低、こんだけはいるでぇ。なんて言いあってまずATMへ向かいます。

着いてまず思ったのは涼しいぞ。そしてめっちゃ観光客が多い。
このクラクフはポーランドでは珍しく第二次世界大戦の戦災を逃れ中世の街並みが、世界遺産になってます。
散歩に出かけたいですが、体力が限界。幸い朝のうちチェクインできたので、熟睡。



大きな広場にはたくさんのレストラン。でもなぜかいつも敬遠しがち。
夕方はもう寒いくらいです。





旧市街にはたくさんの教会があり、もうこれで何カ所目の教会かわからないですが、それぞれに特徴がありおもしろいです。

東欧に入ってから、雑貨や食器がなかなか素敵なものを発見しては、ちょこちょこ買い集めてます。
ポーランド食器は日本でもたまに見かけ、かわいいもがきっとたくさんあるぞ。って野望抱いてました。
旧市街にいくつか食器屋さんがありますが、まあまあ金額がいくし、郵送代を考えるとちょっと高い



宿の3件隣にアンティークショップを発見。しかも観光客向けではなく完全地元向け。結構お買い得の値段ばかり。
素敵な食器を見つけたので、購入決定!かわいいものばかり。

実はこの旅を始めてから、インド、モロッコ、ハンガリー、と3回、いろいろ買っては送ってます。割れるような食器も送ってますが、100パーセント割れなで届いたことはなく、いつも母親よりくるメールに、割れてました。っとありがっかりしてます。2割くらいは割れます。
インドの荷物に至っては、どっか行ってしまいました。

今回こそは絶対完璧に送りたいと決心し、梱包をいつもは紙や布でしたが、やっぱプチプチしかないってことで、プチプチ探しに。まずポーランド語でプチプチを何て呼ぶのか。たまたま、お土産においてあったので尋ねると、店員さんも少し困った表情で、「うーん。ボンベルキーかな」って教えてくれました。日本でもプチプチって言うのだからこっちでも正確な呼び方はないのかも。

そして、近くの郵便局で「ボンベルキー?」って聞くと、「あるよ!」おー。ボンベルキー。プチプチ。まったく日本と同じものでした。
郵便局のおばちゃんも突然、日本人がきて何を言い出すかと思えば「ボンベルキー」って言ったので、少し笑ってました。

無事、100パーセント完璧に割れないで届きますように。
22:25 |  trackback: 0 | コメント: 2 | edit

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