Tabiya

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ぼんやりと国境越え 

ボスニアヘルツェゴビナ |

移動日/サラエボ(ボスニアヘルツェゴビナ)→ブダペスト(ハンガリー) 列車13時間 97BAM



6:55発しかないブダペストへの電車。
早朝なので、駅までのタクシーをお願いしておこうと、宿のオーナーに昨日の夜話したら、
車で送ってあげるから大丈夫だよー、と言ってくれました。
ちょっと不安だったけど、ロビーで待っていると、起きて来てすぐに送ってくれました。
駅の駐車場に着くと、「ゴンゾー、ゴンゾー」と言って(日本人の名前みたいだけど、これホテルの名前ね)
ビニール袋をゴソゴソ。
小さな銀色のコーヒーミルを手渡されました。サラエボのお土産屋さんに売っている、飾り用だけどちゃんとクルクル動くやつです。
よく見ると "GONZO. SARAJEVO" って彫ってある。
なんで?お客さん皆にあげてるのかな。よくわからないけど、すごい嬉しい!ありがとう、と言うとニッコリ笑って握手してくれました。
別れ際にもう一度「フバーラ (ありがとう)」と言ったら、また嬉しそうに笑って、帰りの車から何度も手を振ってくれました。

『HOTEL GONZO』初めは、中心地から離れ過ぎていて、完全に失敗のやつじゃーん!って思ったけど、
静かで落ち着いてるし、朝ごはん付きだし、安いし、何よりスタッフが良い人ばかり!
相談には凄く丁寧に答えてくれるし、いつもご機嫌でフレンドリー。
ロビーにいると、ボスニアンコーヒーや、グラスになみなみのコーラや、近所の庭で拾ってきた梨(!)くれたり。
結局、この宿のお陰でサラエボの旅はさらに楽しくなりました。



もらったお土産を眺めながら、サラエボで最後のひと時。

駅の殺伐とした空気と、手書きの切符からして、ぼろぼろの電車かと思っていたら思いの他良さげな電車でした。
でも走り出すと、暑いー!窓開かないからサウナだー!



暑すぎてたみやが『とんぼ』を歌いだした!
子供の頃『コロコロ』の4コマで『かっ飛ばせ!キヨハラくん」の漫画を見て、桑田ってめっちゃ悪い奴と思ってたよね。
っていう話題が、私達の間で年に2回くらい上がります。他に話すことないのか…

周りを見ても、みんなグダ~っとなってました。
情報によると、サラエボからブダペストの電車は、途中バスに乗り、さらに別の電車に乗り換えるらしい。
いつ乗り換えるんだろー、とソワソワしたけど結局乗り換えは無し。
警官が国境の駅ごとに乗ってきて、パスポートのチェックが5回程ありました。
それで長時間停車するので、結局ブダペストまで13時間かかりました。最後2時間くらいは急にエアコンが入って涼しかったです。

ブダペストの駅から地下鉄の切符を買うのに、ATMでお金下ろしたてだから、窓口で10000Ft札 (4000円くらい) 出したら、
お釣りが無いらしく いきなりキレてきてびっくりしたよ。知らんがな。
改札の人が別の売り場を教えてくれて、買えたけど。

ブダペストの宿に着く頃はもう暗くなっていました。
今日の宿はネットでドミトリーくらい安いところを見つけてありました。実際ユースのような雰囲気で、
部屋は『2人用ドミトリー』みたいな造り。ただ大きい机と収納がいっぱいあって使いやすいです。
たみやは宿に着くと、まず "荷物をきれいに並べる" ので、こんな部屋が大好き。



内装も新しくてきれい。
あー、今日パンしか食べてないや。
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23:11 |  trackback: 0 | コメント: 5 | edit

トンネル 

ボスニアヘルツェゴビナ |

サラエボ2日目

1992年に始まったユーゴスラビアからの独立戦争。
独立を支持したボシュニャク人、クロアチア人と、独立宣言に反発したセルビア人。3民族間の紛争です。



サラエボは完全にセルビア軍に囲まれて攻撃を受けていました。
そんな中、人や武器、物資の移動のためのトンネルが掘られました。4ヶ月以上かけての地道な手作業です。
そのトンネルの一部が保存・公開されていて、当時の様子を少しだけ知ることができます。

戦時中の映像は、ほんの20年前だけあって鮮明なカラー映像です。
当時、日本のニュースでもやっていたはずですが、私の記憶は、そんな戦争があった、その程度です。
私達がブルーハーツを聴いていた頃、ボスニアの小学生は毎日続く砲撃、響き渡る銃声の下で暮らしていたんです。



高さ1.6m、幅1m、長さ800mのトンネル。
サラエボで出逢ったほとんどの人がこの戦争を経験している、そのせいか、今までに行ったヨーロッパの国にあった
"明るさ" は感じないけど、ここで出逢う人達はみんな優しく、穏やかな人ばかりです。
それぞれの心の中に、戦争はどんな形で存在しているんだろうか。
私たち旅行者には、普通の暮らしを取り戻したように見えるサラエボも、まだ地雷が残っている所があるそうです。

1984年に開催された、サラエボ冬季オリンピックの会場へも行ってみました。さすがに記憶にありません。



グラウンドは戦争中に、墓地へ運ぶことができなかった多くの犠牲者のお墓で埋め尽くされていました。
建物の中には、オリンピックに関する展示がありました。写真やメダル、ユーゴスラビア代表のユニフォームなど。

街中では今でも至るところでオリンピックのマスコットキャラクター商品が売られていて、
どんだけオリンピック引きずっとんのね、と思っていたけど、戦争を経験して、今も復興が続いている中で
オリンピックは人々の中に、サラエボの明るい、楽しい記憶として強く残っているのかなあ。


サラエボの宿
Hostel Gonzo
70BAM (3500円)/1泊
ロケーション/Gatacka33
アクセス/バスターミナルや中央駅からは、公共機関を使って行くのは難しいのでタクシーを利用(500円)くらい。

立地は旧市街とはまったく別の場所にあり、サラエボの住宅街。静かな環境。近くのバス停より、簡単に旧市街にいけます。
部屋は少し古い。
大きな窓が2つあります。網戸がないので虫がはいってきます。
エアコン、ファンはないため少し暑いです。
トイレ、シャワーが部屋にあり、清潔。
コンセントはたくさんあり、WIFIはロビーでしか使えません。
朝食付 パン、果物、ゆで卵、チーズなど。
スタッフはみんなとても親切でフレンドリーです。
オススメの宿です。
20:57 |  trackback: 0 | コメント: 3 | edit

バシチャルシア 

ボスニアヘルツェゴビナ |

サラエボ 1日目

サラエボは15世紀頃、オスマン帝国の支配下に入り、たくさんの人がトルコから移り住み、オスマンの街ができた。
旧市街「バシチャルシア」は、リトルトルコのようなところです。





街で飲まれているボスニアンコーヒー。



トルココーヒーと同じで、銅製の器に粉状のコーヒーとお湯をそそぎ、器にちびちび入れて頂きます。
砂糖をいれるとうまい。さらに現地流は、口に角砂糖をくわえ、そのあとコーヒーを飲むスタイル。

ボスニアフードの代名詞が「チェバピ」。



棒状のミートボールとみじん切り玉ねぎをパンにはさみ、
バターのようなサワークリームのような濃厚な味の「カイマック」をたっぷりつけてがぶっっと食べます。

そして「ブレック」



パイ生地の間に、具を包んで焼いたもの。包む具はいろいろ。肉、ポテト、チーズ、ほうれん草。

この二つがボスニアン料理の2トップ。

この地域では珍しく、イスラム教の人が多いのも、トルコからの影響。
決った時間にアザーンが流れてきて、ほんと中東のような感じ。



アザーンが聞こえると我々なぜか落ち着きます。



サラエボの街は中心にトラムが走る大きな通りがあり高層の建物もたくさんありますが、少し古いものは、外壁は無数の穴があります。
相当激しい紛争だったことが分かります。



少し離れた、田舎の風景。いまは本当に穏やかな空気に包まれてました。
なぜか日本にいるよな感じでした。2人共、田舎者ですから。
22:28 |  trackback: 0 | コメント: 2 | edit

Go to Sarajevo 

ボスニアヘルツェゴビナ |

移動日/ドブロヴニク(クロアチア)→サラエボ(ボスニアヘルツェゴビナ) バス7時間 173HRK

朝8時のバスで11カ国目ボスニアヘルツェゴビナへ。
2時間くらいで、国境についたみたいです。
バスに警官ような人が乗ってきて、順番にパスポートチラ見チェック。しばらく走るとまた、パスポートチェック。
合計3回ありましたが、特に何も聞かれることなくパス。国境って感じはまったくなかったです。

バスから外景色をみると、とっても穏やかな雰囲気ですが、よく見ると建物の壁にたくさんの穴があいていたり
壁が剥がれていたりしている建物がたくさんあります。
戦争の傷跡です。
テレビの映像でしか見たことがない戦場ですが、実際訪れてみると、その生々しさが伝わってきました。





サラエボのバスターミナルに到着。いままでのヨーロッパの雰囲気とは異なり、中東に近い感じ。
あまり活気もなく人も少ないです、隣にある鉄道駅で次の街 ブダペスト行きの切符を購入しました。列車の本数が少ないせいか、駅にはほとんど人がいないし、いつものように並ぶこともなく買えました。少しさみしい雰囲気。切符も手書き。

今日の宿もネットで予約済み。旧市街の立地の良いところ。それがウリ。トラムに乗り旧市街へ。地図片手に探すがない!
インフォメーションで聞くと、そのホテルは、ここにはなくてずっと遠いよ。ほら地図見て。
予約してないなら他のホテルしたらって言われるくらい。
ネットの宿 のロケーション情報がまったくのデタラメだったみたい。
タクシーで行くしかないみたいです。タクシーをつかまえ、走ること20分、旧市街とはまったく逆方向。
観光地の雰囲気が漂う旧市街とは、まったく違い、サラエボの住宅街の中って感じのところにありました。

宿のおじさん。めちゃでかい。ファット。そしてやさしい。
のんびりしたことろだし、ありかもって納得してようやくチェックイン。



めちゃでかいおじさん



観光地とは違うサラエボの風景

お腹ペコペコなので、近くの食べるところを聞くと、ボスニアンフードデリバリーはどう?さすがファットなおじさん。
デリバリーおもしろそう。さっそく写真をみながら注文。中東に近いため、肉料理が多いみたいです。
すべてのものに、ナンのようなパンに挟まっていてボリュームがありました。
勢いあまって4品注文。ファットなおじさんにそんなにに食べるのかいって笑われました。



無事に宿が見つかりホッとです。
22:07 |  trackback: 0 | コメント: 3 | edit

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